まらんことを言い触して歩きます。私は奥様の御噂さを聞くと、口惜《くや》しいと思うことばかりでした。
春雨あがりの暖い日に、私は井戸端で水汲《みずくみ》をしておりますと、おつぎさん――矢張《やはり》柏木の者で、小諸へ奉公に来ておりますのが通りかかりました。
「おつぎさん、どちらへ」
と声を掛ると、おつぎさんは酸漿《ほおずき》を鳴しながら、小|肥《ぶと》りな身体を一寸|揺《ゆす》って、
「これ」と袖に隠した酒の罎《びん》を出して見せる。
「お使かね」
「ああ」
「御苦労さま」
「なあ、お定さん、お前許《まいんとこ》の奥様《おくさん》は……あの御盲目《おめくら》さんだって言うが、真実《ほんとう》かい」
「まあ、おつぎさんの言うこと」
「ホホホホホホホホホ、だって評判だよ。こないだの夕方、ホラお富婆さんなあ、あの人が三の門の前に立ってると、お前許《まいんとこ》の旦那様と奥様が懐古園の方から手を引かれて降りて来たと言うよ。私《おら》嫌《いや》だ。お盲目《めくら》さんででも無くて、手を引かれて歩くという者があるもんかね」
「馬鹿をお言いよ」
と私は水を掛る真似《まね》をしました。おつぎさんは
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