を遊暮しても、女は克《よ》く働くという田舎の状態《ありさま》を見て、てんで笑って御了いなさる。全く、奥様は小諸の女を御存《ごぞんじ》ないのです。これを御本家|始《はじめ》御親類の御女中に言わせると折角|花車《きゃしゃ》な当世の流行を捨《すて》て、娘にまで手織縞で得心させている中へ、奥様という他所者が舞込で来たのは、開けて贅沢《ぜいたく》な東京の生活《くらし》を一断片《ひときれ》提げて持って来たようなもの、としか思われないのでした。ですから、骨肉《しんみ》の旦那様よりか、他人の奥様に憎悪《にくしみ》が多く掛る。町々の女の目は褒《ほめ》るにつけ、譏《そし》るにつけ、奥様の身一つに向いていましたのです。
 春も深くなっての夕方には、御二人で手を引いて、遅咲の桜の蔭から飛騨《ひだ》の遠山の雪を眺め眺め静に御散歩をなさることもありました。さあ、旧弊な御親類の御女中方は、御夫婦一緒に御花見すらしたことが無いのですから、こんな東京風――夢にも見たことの無い、睦《むつ》まじそうに手を引き連れて屋外《うちのそと》を御歩きなさる御様子を初めて見て、驚いて了いました。得たり賢しと、悋気《りんき》深い手合がつ
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