も質素《じみ》な御方ばかりですから、就中《わけても》奥様御一人が目立ちました。奥様は朝に粧《つく》り、晩に磨《みが》き、透き通るような御顔色の白過ぎて少許《すこし》蒼《あお》く見えるのを、頬の辺へはほんのり紅を点《さ》して、身の丈《たけ》にあまる程の黒髪は相生《あいおい》町のおせんさんに結わせ、剃刀《かみそり》は岡源の母親《おふくろ》に触《あて》させ、御召物の見立は大利《だいり》の番頭、仕立は馬場裏の良助さん――華麗《はで》の穿鑿《せんさく》を仕尽したものです。田舎《いなか》の女程物見高いものは有ません。奥様が花やかな御風俗《おみなり》で御通りになる時は、土壁の窓から眺め、障子の穴から覗き、目と目を見合せて冷《いや》な笑いかたを為るのです。そんなことは奥様も御存《ごぞんじ》なしで、御慈悲に拝ませて遣《や》るという風をなさりながら町を御歩行《おあるき》なさいました。たまたま途中《みち》で御親類の御女中方に御逢なさることが有ても、高い御|挨拶《あいさつ》をなさいました。奥様の目から見ると、この山家の女は松井川の谷の水車――毎日同じことをして廻っている、とまあ映るのです。たとえ男が長い冬の日
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