似合なされて、かれこれと世間から言われるのが悲しいと懐《おも》う様になりましたのです。
奥様は御器量を望まれて、それで東京から御縁組《おかたづき》に成ったと申す位、御湯上りなどの御美しさと言ったら、女の私ですら恍惚《ほれぼれ》となって了う程でした。旦那様が熟《じっ》と奥様の横顔を御眺めなさるときは、もう何もかも忘れて御了いなすって、芝居好が贔負《ひいき》役者に見惚《みとれ》るような目付をなさいます。聞けばこの奥様の前に、永いこと連添った御方も有たとやら、無理やりの御離縁も畢竟《つまり》は今の奥様|故《ゆえ》で、それから御本宅と新宅の交情《なか》が自然氷のように成ったということでした。
譬《たと》えて申しましょうなら、御本宅や御親類は蜂《はち》の巣です。其処へ旦那様が石を投げたのですから、奉公人の私まで痛い噂《うわ》さに刺されました。
しかし、山家が何程《どれほど》恐しい昔|気質《かたぎ》なもので、すこし毛色の変った他所者《よそもの》と見れば頭から熱湯《にえゆ》を浴せかけるということは、全く奥様も御存《ごぞんじ》ない。そこが奥様は都育《みやこそだち》です。御親類の御女中方は、いずれ
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