は鶏が遊んでいる。今度の奥さんには子供衆もあるが、都会育ちの色の白い子供などと違って、「坊ちゃん」と言っても強壮《じょうぶ》そうに日に焼けている。
東京の明るい家屋を見慣れた高瀬の眼には、屋根の下も暗い。先生のような清潔好《きれいず》きな人が、よくこのむさくるしい炉辺《ろばた》に坐って平気で煙草が喫《の》めると思われる程だ。
高瀬の来たことを聞いて、逢いに来た町の青年もあった。どうしてこんな田舎へ来てくれたかなどと、挨拶《あいさつ》も如才ない。今度の奥さんはミッション・スクウルを出た婦人で、先生とは大分年は違うが、取廻しよく皆なを款待《もてな》した。奥さんは先生のことを客に話すにも、矢張「先生は」とか「桜井が」とか親しげに呼んでいた。
「高瀬さんに珈琲《コーヒー》でも入れて上げたら可《よ》かろう」
「私も今、そう思って――」
こんな言葉を奥さんと換《かわ》した後、先生は高瀬と一緒に子供の遊んでいる縁側を通り、自分の部屋へ行った。庭の花畠に接した閑静な居間だ。そこだけは先生の趣味で清浄《きれい》に飾り片附けてある。唐本の詩集などを置いた小机がある。一方には先《せん》の若い奥さんの時
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