「桜井先生や、広岡先生には、せめて御|住宅《すまい》ぐらいを造って上げたいのが、私共の希望なんですけれど……町のために御苦労願って……」
 とその人は畠に居て言った。
 別れを告げて、高瀬が戻りかける頃には、壮んな蛙の声が起った。大きな深い千曲川の谷間《たにあい》はその鳴声で満ち溢《あふ》れて来た。飛騨《ひだ》境の方にある日本アルプスの連山にはまだ遠く白雪を望んだが、高瀬は一つ場処《ところ》に長く立ってその眺望を楽もうともしなかった。不思議な寂寞《さびしさ》は蛙の鳴く谷底の方から匍《は》い上って来た。恐しく成って、逃げるように高瀬は妻子の方へ引返して行った。

「父さん」
 と呼ぶ子供を見つけて、高瀬は自分の家の前の垣根のあたりで鞠子《まりこ》と一緒に成った。
「鞠《まあ》ちゃん、吾家《おうち》へ行こう」
 と慰撫《なだ》めるように言いながら、高瀬は子供を連れて入口の庭へ入った。そこには畠をする鍬《くわ》などが隅《すみ》の方に置いてある。お島は上《あが》り框《かまち》のところに腰掛けて、二番目の女の児に乳を呑ませていた。
「鞠ちゃんは、先刻《さっき》姉《ねえ》や(下婢)と一緒に懐古園
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