はこの人が来ると、百姓|画家《えかき》のミレエのことをよく持出した。そして泉から仏蘭西《フランス》の田舎の話を聞くのを楽みにした。高瀬は泉が持っている種々《さまざま》なミレエの評伝を借りて読み、時にはその一節を泉に訳して聞かせた。
「君は山田君が訳したトルストイの『コサックス』を読んだことがあるか。コウカサスの方へ入って行く露西亜《ロシア》の青年が写してあるネ。結局《つまり》、百姓は百姓、自分等は自分等というような主人公の嘆息であの本は終ってるが、吾儕《われわれ》にも矢張《やっぱり》ああいう気分のすることがあるよ。僕などはこれで随分百姓は好きな方だ。生徒の家へ行って泊まって見たり……人に話し掛けて見たり……まあいろんな機会を見つけて、音さんの家の蒟蒻《こんにゃく》の煮附まであそこの隠居やなんかと一諸に食って見た……どうしてもまだ百姓の心には入れないような気がする」
こう高瀬は泉に話すこともあった。
相変らず皆な黙って働いている塾の方から、高瀬は家へ帰ろうとして、午後の砂まじりの道を歩いた。停車場《ステーション》前へ出た。往来の両側には名物うんどん、牛肉、馬肉の旗、それから善光寺|詣
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