では、なんだか勿体《もったい》ない――今朝はここで食おう」
膳には、麩《ふ》の露、香の物などが付いた。私達は窓に近い板敷の上に直《じか》に坐って、そこで朝飯の膳に就いた。
回診は十時頃にあった。医学士達は看護婦を連れて、多勢で病人の様子を見に来た。終焉《おわり》も遠くはあるまいとのことであった。午後までも保《も》つまいと言われた。前の日まで、お房が顔の半面は痙攣《けいれん》の為に引釣《ひきつ》ったように成っていたが、それも元のままに復《かえ》り、口元も平素《ふだん》の通りに成り、黒い髪は耳のあたりを掩《おお》うていた。湯に浸したガアゼで、家内が顔を拭ってやると、急に血色が頬へ上って、黄ばんだうちにも紅味を帯びた。痩《や》せ衰えたお房の容貌《かたち》は眠るようで子供らしかった。
よく覚えて置こうと思って、私は子供の傍へ寄った。家内はお房の髪を湿して、それを櫛《くし》でといてやった。それから、山を下りる時に着せて連れて来たお房の好きな袷《あわせ》に着更えさせた。周囲《まわり》には「姉さん達」も集って来ていた。死は次第にお房の身《からだ》に上るように見えた。
こうなると、用意しなけれ
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