ように言った。丁度看護婦が来て、お房の枕頭《まくらもと》で温度表を見ていたが、それを聞咎《ききとが》めて、
「燕が来たって、そんなにめずらしがらなくても可《よ》かろう」と戯れるように。
「房ちゃんのお迎えに来たんだよ」と附添の女は窓に倚凭《よりかか》った。
「またそんなことを……」と看護婦が叱るように言った。
「しかし、病院へ燕が来るなんて、めずらしいんですよ」
 こう附添の女は家内の方を見て、訛《なまり》のある言葉で言って聞かせた。その日、お房の髪は中央《まんなか》から後方へかけて切捨てられた。あまり毛が厚すぎて、頭を冷すに不便であったからで。お房は口も自由に利《き》けなかったがまだそれでも枕頭に積重ねてある毛糸のことを忘れないで、「かいとオ、かいとオ」と言っていた。時々|痰《たん》の咽喉《のど》に掛かる音もした。看護婦はガアゼで子供の口を拭《ぬぐ》って、薬は筆で飲ませた。最早《もう》口から飲食《のみくい》することもムツカシかった。鶏卵に牛乳を混ぜて、滋養|潅腸《かんちょう》というをした。
 皆川医学士を始め、医局に居る学士達はかわるがわる回診に来た。時には、学生らしい人も一緒に随い
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