一時気の狂《ちが》った少女のようで、母親の鼻の穴へ指を突込み、顔を掴《つか》み、急に泣き出したりなぞしていた。
「房ちゃん、見えるかい」と私が言って見た。
「ああ――」とお房は返事をしたが、やがて急に力を入れて、幼い頭脳《あたま》の内部《なか》が破壊し尽されるまでは休《や》めないかのように叫び出した。
「母さん――母さん――母さんちゃん――ちゃん――ちゃん――ちゃん」
この調子が可笑《おか》しくもあったので、看護のもの一同が笑うと、お房は自分でも可笑しく成ったと見えて、めずらしく笑った。それから、ヒョットコの真似なぞをして見せた。
寝台の側に附添っていた人々は、喜び、笑った。お房も一緒に笑ううちに、逆上《のぼ》せて来たと見えて、母親の鼻といわず、口といわず、目といわず、指を突込もうとした。枕も掻※[#「※」は「てへん+毟」、第4水準2−78−12、153−13]《かきむし》った。人々は皆な可懼《おそろ》しく思った。終《しまい》には、お房は大声に泣出した。
こういう中へ、牛込の法学士から私の子供が入院したことを聞いたと言って、訪ねて来てくれた画家があった。君は浮世絵の方から出た人で
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