》だ、とそれを私達は頼みにした。どうかしてこの娘ばかりは助けたく思ったのである。入院して丁度一週間目に成る頃は、私も家のものも子供の傍に附いていた。大久保の方は人に頼んだり、親戚のものに来て泊って貰ったりした。幾晩かの睡眠不足で、皆な疲れた。
 附添の女と私達とは、三人かわるがわる起きて、夜の廊下を通って、看護婦室の先の方まで氷塊《こおり》を砕《か》きに行っては帰って来て、お房の頭を冷した。そして、交代に眠った。疲労《つかれ》と心配とで、私も寝台の後の方に倒れたかと思うと、直《すぐ》に復た眼が覚めた。一晩中、お房は「母さん、母さん」と呼びつづけた。
 まだ夜は明けなかった。私は手拭《てぬぐい》を探して、廊下へ顔を洗いに出た。いくらか清々した気分に成って、引返そうとすると、お房の声は室を泄《も》れて廊下の外まで響き渡っていた。
「母さん――母さん――母さん」
 烈《はげ》しい叫声は私の頭脳《あたま》へ響けた。その焦々《いらいら》した声を聞くと、私は自分まで一緒にどうか成って了うような気がした。
 お房の枕頭《まくらもと》には黒い布を掛けて、光を遮《さえぎ》るようにしてあった。お房は半分夢
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