、好いリボンを頂きましたねえ――御土産《おみや》ですか」と看護婦が言った。
「仕舞って置くのよ、仕舞って置くのよ」
 こうお房は繰返していたが、やがて看護婦から貰った花束を握ったまま眠って了った。
 夕方に私は皆川医学士に逢った。お房の病状を尋ねると、今すこし容子《ようす》を見た上でなければ、確めかねるとのことであった。その晩から、私達はかわるがわる子供の傍に居た。
「父さん――父さん――父さんの馬鹿――」
 こう呼ぶ声が私の耳に入った。私は、どうなって行くか分らないような子供の傍に、疲れた自分を見出した。それは病院へ来てから三日目の夜で、宿直の人達も寝沈まったかと思われる頃であった。
「父さん、房ちゃんは最早駄目よ」
 熱の譫語《たわごと》とも聞えなかった。と言って子供の口からこんな言葉が出ようとも思われなかった。私は夢を辿る気がした。
「父さん、房ちゃんは……ねえ……」
 その後が聞きたいと思っていると、パッタリお房の声は絶えた。その晩は私も碌《ろく》に眠らなかった。
 次第にお房はワルく成るように見えた。山で生れて、根が弱い体質の子供で無いから、病に抵抗するだけの力はある筈《はず
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