窓《ガラスまど》の一つを通して、不忍《しのばず》の池《いけ》の方を望むような位置にある。私は本郷の通りでお房の好きそうなリボンを買って、それを土産に持って行ったが、室《へや》へ入って見ると、お房は最早高い寝台《ねだい》の上に横に成って、母に編物をして貰っているところであった。丁度|池《いけ》の端《はた》には競馬のある日で、時々多勢の人の騒ぐ声が窓の玻璃に響いて来た。
お房の枕許には、小さな人形だの、箱だのが薬の瓶《びん》と一緒に並べてあった。家内は、寝台の柱にリボンを懸けて見せて、病んでいる子供を楽ませようとした。
「仕舞って置くのよ」
とお房は言った。
私達は、部屋付の看護婦の外に、附添の女を一人頼むことにした。この女は私達の腰掛けている傍へ来て、皆川先生の尽力ででもなければ、一人でこういう角の室を占めることは出来ない、これは余程の優待であると話して聞かせた。
肩の隆《あが》った白い服を着て、左の胸に丸い徽章《きしょう》を着けた、若い肥《ふと》った看護婦が、室の戸を開けて入って来た。この部屋付の看護婦は、白いクロオバアの花束を庭から作って来て、それをお房にくれた。
「房子さん
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