思って、その日は一緒に連れて行った。種夫の為に新宿の通りで吸入器を買って、それを家内が提げて帰ったが、丁度|菓物《くだもの》の変りめに成る頃で、医者の細君のところからは夏|蜜柑《みかん》を二つばかりお菊にくれてよこした。
私の家では、飯を出す客などがあって、混雑した日のことであった。夕方に、お菊は悪い顔をして、遊び友達の方から帰って来た。そして、乳呑児の襁褓《むつき》を温める為に置いてあった行火《あんか》に凭《もた》れて、窓の下のところで横に成った。
「菊ちゃんはどこか悪いんじゃないか」
こう私は客を前に置いて、家のものに尋ねて見た。お菊はお腹が痛い痛いと言いつつ遊びに紛れていたとのことで、家のものもそれほどには思わなかったのである。姪は熊《くま》の胆《い》を盃に溶かしてお菊に飲ませたりなぞした。
急に熱が出て来た。子供の持薬だの、近所の医者に診《み》せた位では、覚束《おぼつか》ないということを私達が思う時分は、最早《もう》隣近所では寝沈まっていた。お菊は吐いたり下したりした。それが沈着《おちつ》いて、すこしウトウトしたかと思うと、今度はまた激しい渇《かわき》の為に、枕元にある金
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