中で、唯私は前途のことばかり思い煩《わずら》った。事情を打開けて、話して見よう、話して見ようと思いながら、翌日に成ってもついそれを言出す場合が見当らなかった。
 到頭、言わず仕舞《じまい》に、牧野君の家の門を出た。そして、制《おさ》えがたい落胆と戦いつつ、元来た雪道を岩村田の方へ帰って行った。一時間あまり、乗合馬車の立場《たてば》で待ったが、そこには車夫が多勢集って、戦争の話をしたり、笑ったりしていた。思わず私も喪心した人のように笑った。やがて小諸行の馬車が出た。沈んだ日光は、寒い車の上から、私の眼に映った。林の間は黄に耀《かがや》いた。私は眺め、かつ震えた。小諸の寓居《ぐうきょ》へ帰ってからも、私はそう委《くわ》しいことを家のものに話して聞かせなかった。
 南向の障子に光線《あかり》をうけた部屋は、家内や子供の居るところである。末の子供はお繁《しげ》と言って、これは私の母の名をつけたのだが、その誕生を済ましたばかりの娘が、炬燵《こたつ》へ寄せて、寝かしてあった。暦や錦絵《にしきえ》を貼《はり》付けた古壁の側には、六歳《むっつ》に成るお房と、四歳《よっつ》に成るお菊とが、お手玉の音をさ
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