君からは、早速便りがあって、一緒に心配した甲斐《かい》が有ったと言って、自分のことのように悦んでくれた。骨休めに、遊びに来い、こうも言って寄《よこ》した。私も何処か静かなところでこの疲労に耽《ふけ》りたい、と思った。世帯持のかなしさには、容易に家を飛出すことも出来なかったのである。急に私の家では客が増えた。訪ねて来る友達も多かった。
「母さん、犬殺しよ」
こうお菊は母の傍へ来て言った。近所の「叔父さん」達が総掛りで何故庭の内を馳《か》け廻るか、彼方是方《あちこち》から飛んで来た犬が何故|吠《ほ》え立てるか、それを知らせに来るほどお菊も物が解って来た。
お房やお菊はにわかに大きくなった。姉は前髪をとってくれと言うように成ったし、妹は前の年まで歌えなかった唱歌を最早《もう》自由に歌えるように成った。しかし、黒の発達とは比較に成らない。黒が近所へ捨てられた時分は、痩《や》せた、ひょろ長い小犬であったが、一年経つか経たないに、最早一ッぱしの女犬であった――乳房は長く垂下っていた。
黒も逃げおおせた。犬殺しが手を振って、空車を引いて行った翌々日あたりから、復た私の家の床下では、毎晩この犬の
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