なんだってそんな大きな下駄《かっこ》を穿《は》くんですねえ」
と言って、家内は腰を延ばした。そして苦しそうな息づかいをした。高く前掛を〆《し》めてはいたが、最早醜く成りかけた身体の形は隠されずにある。
お房の泣く声が聞えた。家内は取縋《とりすが》る妹の方をそこへ押除《おしの》けるようにした。「あ、房ちゃんが復た溝《どぶ》へ陥落《おっこ》ちた」と言って顔を顰《しか》めていると、お房は近所の娘に連れられながら、着物を泥だらけにして泣いてやって来た。
「どうしてそう毎日々々|衣服《おべべ》を汚すんだろう」
と家内が言ったので、お房はもう身を竦《すく》めるようにして、無理やりに縁側の方へ連れて行かれた。
「母さん、御免……」
こうお房は拝むように言った。家内は又、この娘を懲《こ》らさないうちは置かなかった。
「房《ふう》ちゃん、どうなさいました」
と、お房の泣声を聞きつけて、そこへ井戸を隔てて住む「叔母さん」が提げにやって来た。この人はここから麹町《こうじまち》の小学校へ通う女教師である。最早《もう》中学へ行くほどの子息《むすこ》がある。
「衣服《おべべ》を泥になんか成すっちゃいけま
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