りに行きましょう」
と、ある日お菊は姉のお房を呼んで、二人して私の行く方へ随《つ》いて来た。
私は子供を連れて、ある細道を養鶏所の裏手の方へ取って、道々草花などを摘んでくれながら歩いた。お房の方は手に一ぱい草をためて、「随分だわ」だの、「花ちゃん、よくッてよ」だのと、そこに居りもしない娘の名を呼んで見て、しきりに会話の稽古《けいこ》をしたり、あるいはお菊と一緒に成って好きな手毬歌《てまりうた》などを歌いながら歩いて行った。
行っても、行っても、お菊の思うような小諸の古い城跡へは出なかった。桑畠のかわりには、植木苗の畠がある。黒ずんだ松林のかわりには、明るい雑木の林がある。そのうちに、木と木の間が光って、高い青空は夕映《ゆうばえ》の色に耀《かがや》き始めた。
急にお菊は勝手の違ったように、四辺《あたり》を眺め廻した。そして子供らしい恐怖に打たれて、なんでも家の方へ帰ろうと言出した。
「母さん――母さん」
お菊は、大久保の通りへ出るまでは、安心しなかった。
「菊《きい》ちゃん、お遊びなさいな」
こう往来に遊んでいた娘がお菊を見つけて呼んだ。お房の友達もその辺に多勢集っていた。
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