混雑の中で、お繁は肩掛に包まれたまま、取散らした手荷物などの中に寝かされていた。稀《たま》にアヤされても、笑いもしなかった。その晩は、遅くなって、一同夕飯にありついた。
翌日は、荷物の取片付に掛るやら、尋ねて来る客があるやらで、ゴタゴタした。お繁は疲れて眠り勝であったが、どうかすると力のない眼付をしながら、小さな胸を突出すような真似《まね》をして見せる。この児はまだ「うま、うま」位しか言えない。抱かれたくて、あんな真似をするのだろうと、私達は解釈した。で、成るべく顔を見せないようにした。温順《おとな》しく寝ているのを好い事にして、いくらか熱のあったのも気に留めなかった。思うように子供を看《み》ることも出来なかったのである。
大久保へ来て三日目に、私は先ず新しい住居《すまい》へ移って、四日目には家のものを移らせた。新築した家屋のにおいは、不健康な壁の湿気に混って、何となく気を沈着《おちつ》かせなかった。壁はまだ乾かず、戸棚へは物も入れずにある。唐紙は取除《とりはず》したまま。種々なことを山の上から想像して来た家内には、この住居はあまりに狭かった。
「家賃を考えて御覧な」
と私は笑っ
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