がら、
「繁ちゃん、御覧」
と背中に居る子供に言って聞かせた。お繁は何を見ようともしなかった。
私達親子のものが移ろうとした新しい巣は、着いて見ると、漸《ようやく》く工事を終ったばかりで、まだ大工が一人二人入って、そこここを補《つくろ》っているところであった。植木屋の亭主は早速私を迎えて、沢山盆栽などの置並べてある庭の内で、思いの外壁の乾きが遅かったことなぞを言った。庭に出て水を汲んでいた娘は、家内や子供に会釈しながら、盆栽|棚《だな》の間を通り過ぎた。めずらしそうに私達の様子を眺める人もあった。この広い、掃除の届いた庭の内には、植木屋の母屋《もや》をはじめ、まだ他に借屋建《しゃくやだて》の家が二軒もあって、それが私達の住まおうとする家と、樹木を隔てて相対していた。とにかく、私は植木屋の住居《すまい》を一間だけ借りて、そこで二三日の間待つことにした。
「房ちゃんも、菊ちゃんも、花を採るんじゃないよ――叔父さんに叱られるよ」
と私は二人の子供に言い聞かせた。
日の暮れる頃、会社から来た一台の荷馬車が植木屋の門前で停った。私達は先に送った荷物と一緒に大久保へ着いたことに成った。この
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