お雪はそれを受取って、自分の家の飾りとするのも気の毒に思った。
 夫は荷物と一緒に着いた。
「こういうところで、田舎風の生活をして見るのも面白いじゃないか」
 と三吉はお雪に言った。お雪はよく働いた。夕方までには、大抵に家の内が片付いた。荷車に積んで来たゴチャゴチャした家具は何処《どこ》へ納まるともなく納まった。改まった畳の上で、お雪は皆なと一緒に、楽しそうに夕飯の膳に就《つ》いた。
 暮れてから、かわるがわる汗を流しに行った女達は、あまり風呂場が明る過ぎてキマリが悪い位だった、と言って帰って来た。下婢は眼を円くして飛んで来て、「この辺では、荒物屋の内儀《おかみ》さんまで三味線を引いています」とお雪に話した。長唄や常磐津《ときわず》が普通の家庭にまで入っていることは、田舎育ちの下婢にめずらしく思われたのである。
「延ちゃん、一寸そこまで見に行って来ましょう」
 とお雪は姪を誘った。
 郊外の夜に比べると、数えきれないほどの町々の灯がお雪の眼にあった。紅――青――黄――と一口に言って了《しま》うことの出来ない、強い弱い種々《さまざま》な火の色が、そこにも、ここにも、都会の夜を照らしていた
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