ちて、それであんな風に成った――夫婦は二階で寝ていて知らなかったという話だ――」
「でも、お仙さんは、房ちゃんと同じ病気をしたと云うじゃ有りませんか」
「何でも俺はそういう話を聞いた」
三吉は森彦の前へ戻って、眼に見えない二階の方を見るように、しばらく兄の顔を見た。
間もなく三吉はこの二階を下りた。旅舎を出てから、「よく森彦さんは、ああして長く独《ひと》りで居られるナア」と思ってみた。電車で新宿まで乗って、それから樹木の間を歩いて行くと、諸方《ほうぼう》の屋根から夕餐《ゆうげ》の煙の登るのが見えた。三吉は家の話を持って、妻子の待っている方をさして急いだ。
家具という家具は動き始めた。寝る道具から物を食う道具まで互に重なり合って、門の前にある荷車の上に積まれた。
「種ちゃん、彼方《あっち》のお家の方へ行くんですよ」
とお雪は下婢《おんな》の背中に居る子供に頭巾《ずきん》を冠《かぶ》せて置いて、庭伝いに女教師の家や植木屋へ別れを告げに行った。こうして、思出の多い家を出て、お雪は夫より一足先に娘達の墳墓の地を離れた。
町中にある家へ、彼女が子供や下婢と一緒に着いた時は、お延が皆
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