の仕事まで、どれ程迷惑を蒙《こうむ》ったか知れない。ああいう兄貴の弟だ――直ぐそれを他《ひと》に言われる。実に、油断も間隙《すき》もあったもんじゃ無い。どうだ、そのうちに一度兄貴の家へ集まるまいか。どうしても東京に置いちゃ不可《いかん》……満洲の方にでも追って遣らにゃ不可……今度行ったら、俺がギュウという目に逢わせてくれる」
小泉の家の名誉と、実の一生とを思うのあまり、森彦は高い調子に成って行った。この兄は、充実した身体《からだ》の置場所に困るという風で、思わず言葉に力を入れた。その飛沫《とばしり》が正太にまで及んで行った。兜町《かぶとちょう》で儲《もう》けようなどとは、生意気な、という語気で話した。正太は幼少の頃、この兄の手許《てもと》へ預けられたことが有るので、どうかすると森彦の方ではまだ子供のように思っていた。
部屋の障子の開いたところから、青桐《あおぎり》の葉が見える。一寸《ちょっと》三吉は廊下へ出て、町々の屋根を眺めた。
「お前が探して来た家は、二階があると言ったネ。二階も好いが、子供にはアブナイぞ。橋本の仙(正太の妹)なぞは幼少《ちいさ》い時分に楼梯《はしごだん》から落
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