日家を探し歩いたことを兄に話した。直樹《なおき》が家の附近は、三吉も少年時代から青年時代へかけての記憶のあるところで、同じ町中を択《えら》ぶとすれば、なるべく親戚や知人にも近く住みたい。それには、旧時《もと》直樹の家に出入した人の世話で、一軒二階建の家を見つけて来た。こんな話をした。
「時に、延もお愛ちゃんの学校へ通わせることにしました」と三吉が言った。「その方があの娘《こ》の為めにも好さそうです」
 森彦は自分の娘が兄の娘に負けるようでは口惜《くや》しいという眼付をした。
「まあ、学校の方のことは、お前に任せる……俺の積りでは、延に語学をウンと遣らせて、外交官の細君に向くような娘を造りたいと思っていた。行く行くは洋行でもさせたい位の意気込だった……」
「娘の性質にもありますサ」
「俺の娘なら、もうすこし勇気が有りそうなものだ。存外ヤカなもんだ」
 と森彦は田舎訛《いなかなまり》を交えて、自分の子が自分の自由に成らないに、歎息した。
「実さんの家でも越すそうじゃ有りませんか」
「そうだそうな。どうも兄貴にも困りものだよ。一応俺に相談すればあんな真似《まね》はさせやしなかった。その為に俺
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