》を歩いていた。
電車は通り過ぎた。
「小泉さんはおいでですか」
三吉は森彦の旅舎《やどや》へ行って訪ねた。そこでは内儀《おかみ》さんが変って、女中をしていた婦人が丸髷《まるまげ》に結って顔を出した。
電話口に居た森彦は、弟の三吉と聞いて、二階へ案内させた。部屋にはお俊も来合せていた。森彦は電話の用を済まして、別の楼梯《はしごだん》から上って来た。
三吉はお俊と不思議な顔を合せた。殊《こと》に厳格な兄の前では、いかにも姪《めい》の女らしい黙って視ているような様子がツラかった。彼は、夏中手伝いに来ていて貰った時のような、親しい、楽々とした気分で、この娘と対《むか》い合うことが出来なかった。何となく堅くなった。
「森彦叔父さん、私は学校の帰りですから」とお俊が催促するように言った。
「そうかい。じゃ着物は宜しく頼みます。母親《おっか》さんにそう言って、可いように仕立てて貰っておくれ」
旅舎生活《やどやずまい》する森彦は着物の始末をお俊の家へ頼んだ。お俊は長い袴《はかま》の紐《ひも》を結び直して、二人の叔父に別れて行った。
漸《ようや》く三吉は平常《いつも》の調子に返って、一
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