ドシドシ潰《つぶ》されて了《しま》った。土は掘返された。新しい家屋が増《ふ》えるばかりだ。
三吉はこの草地へ来て眺《なが》めた。日のあたった草の中では蟋蟀《こおろぎ》が鳴いていた。山から下りて来たばかりの頃には、お菊はまだ地方に居る積りで、「房ちゃん、御城址《ごじょうし》へ花|摘《と》りに行きましょう」などと言って、姉妹で手を引き合いながら、父と一緒に遊びに来たものだった。お繁は死に、お菊は死に、お房は死んだ。三吉は、何の為に妻子を連れてこの郊外へ引移って来たか。それを思わずにいられなかった。つくづく彼は努力の為《な》すなきを感じた。
遠い空には綿のような雲が浮んだ。友人の牧野が住む山の方は、定めし最早《もう》秋らしく成ったろうと思わせた。三吉は眺め佇立《たたず》んで、更に長い仕事を始めようと思い立った。
新宿の方角からは、電車の響が唸《うな》るように伝わって来る。丁度、彼が寂しい田舎《いなか》に居た頃、山の上を通る汽車の音を聞いたように、耳を※[#「※」は「奇+攴」、第3水準1−85−9、71−4]立《そばだ》てて町の電車の響を聞いた。山から郊外へ、郊外から町へ、何となく彼の心
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