裏面《うら》を見ちゃってよ――三吉叔父さんという人はよく解ってよ」こう骨を刳《えぐ》るような姪の眼の光を、三吉は忘れることが出来なかった。それを思う度《たび》に、人知れず彼は冷い汗を流した。彼は最早以前のように、苦痛なしに自分を考えられない人であった。同時に、他《ひと》をも考えられなく成って来た。家の生活で結び付けられた人々の、微妙な、陰影《かげ》の多い、言うに言われぬ深い関係――そういうものが重苦しく彼の胸を圧して来た――叔父姪、従兄妹《いとこ》同志、義理ある姉と弟、義理ある兄と妹……
四
三吉が家の横手にある養鶏所の側《わき》から、雑木林の間を通り抜けたところに、草地がある。緩慢《なだらか》な傾斜は浅い谷の方へ落ちて、草地を岡の上のように見せている。雑木林から続いた細道は、コンモリとした杉の木立の辺《ほとり》で尽きて、そこから坂に成った郊外の裏道が左右に連なっている。馬に乗った人なぞがその道を通りつつある。
武蔵野《むさしの》の名残《なごり》を思わせるような、この静かな郊外の眺望の中にも、よく見れば驚くべき変化が起っていた。植木|畠《ばたけ》、野菜畠などは
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