おっしゃ》って、船の中で解《ほど》いて見ましたッけ……」
「青い花瓶《かびん》……」
 とお雪は笑った。
 勉には、三吉も直接に逢《あ》っていた。以前彼が名倉の家を訪ねた時に、既に名のり合って、若々しい、才気のある、心の好さそうな商人を知った。
「どれ、御線香を一つ上げて」
 とお雪は仏壇の方へ行って、久し振で小さな位牌《いはい》の前に立った。土産の菓子や果物《くだもの》などを供えて置いて、復た姪の傍へ来た。
「真実《ほんと》にお俊ちゃんも、御迷惑でしたろうねえ――さぞ、東京はお暑かったでしょうねえ――」
「ええ、今年の暑さは別でしたよ」
「彼地《あちら》もお暑かったんですよ」 
 こんな言葉を親しげに交換《とりかわ》しながら、お雪は家の内を可懐《なつか》しそうに眺め廻した。彼女は、左の手の薬指に、細い、新しい指輪なども嵌《は》めていた。
 そのうちにお雪は旅で汚《よご》れた白|足袋《たび》を脱いだ。彼女は台所の方へ見廻りに行って、自分が主に成って働き始めた。
 お俊が叔父や叔母に礼を述べて、自分の家をさして帰って行ったのは、それから二三日過ぎてのことであった。「すっかり私は叔父さんの
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