なぞは船まで見送って来て、漕ぎ別れて行く艀《はしけ》の方からハンケチを振ったことなぞを話した。お雪は又、やや躊躇《ちゅうちょ》した後で、帰路《かえり》の船旅を妹の夫と共にしたことを話した。
「へえ、勉さんが一緒に来てくれたネ」と三吉が言った。
「商法《あきない》の方の用事があるからッて、※[#「※」は「ひとがしら+ナ」、68−13]が途中まで送って来ました」
お雪が勉のことを話す場合には、「福ちゃんの旦那《だんな》さん」とか、「※[#「※」は「ひとがしら+ナ」、68−14]」とか言った。なるべく彼女は旧《ふる》いことを葬ろうとしていた。唯、親戚として話そうとしていた。それを三吉も察しないでは無かった。彼の方でも、唯、親戚として話そうとしていた。
旅の荷物の中からは、お雪が母に造って貰った夏衣《なつぎ》の類が出て来た。ある懇意な家から餞別《せんべつ》に送られたという円《まる》みのある包も出て来た。
まだ客のような顔をして、かしこまっていた下婢は、その包を眺めて、
「※[#「※」は「ひとがしら+ナ」、69−1]さんがそれを間違えて、『何だ、これは、水瓜《すいか》なら食え』なんて仰有《
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