いて見せるぞ」と彼の男らしい、どこか苦味《にがみ》を帯びた眼付が言った。彼は勃々《ぼつぼつ》とした心を制《おさ》えかねるという風に見えた。
 話の最中、三吉はこの甥《おい》の顔を眺めていると、
「あれ、兄さんがいけません」
 と鋭く呼ぶ姪の声を耳の底の方で聞くような気がした。
「丁度ここに同じような人間が二人揃《そろ》ったというものです」と榊は三吉と正太の顔を見比べた。「そう言っちゃ失敬ですが、橋本君だっても……御国の方で大きくやっていらしッたんでしょう……僕も、まあ、言って見れば、似たような境遇なんです」
 正太は良家に育った人らしい手で、膝の前垂を直して見た。
「ねえ、橋本君、そうじゃ有りませんか」と榊は言葉を継いで、「これから二人で手を携えて大に行《や》ろうじゃ有りませんか。僕もネ、今の水菓子屋なぞはホンの腰掛ですから、あの店は畳みます。いずれ家内は郷里の方へ帰します」
「多分、榊君の方が、私よりは先にある店へ入ることに成りましょう」と正太は叔父に話した。
 三島にある城のような家、三吉が寝た二階、入った風呂、上って見た土蔵、それから醤油を醸《かも》す大きな桶《おけ》が幾つも並ん
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