叔父さんを関わずに置いておくれ――お前達はお前達の為《す》ることを為《し》ておくれ――」
例《いつ》になく厭《いと》い避けるような調子で言って、叔父が机に対《むか》っていたので、お俊はまた何か機嫌を損《そこ》ねたかと思った。手持不沙汰《てもちぶさた》に、勝手の方へ引返して行った。
「お俊姉様――兄様が御出《おいで》たぞなし」
とお延が呼んだ。
直樹が来た。相変らず温厚で、勤勉なのは、この少壮《としわか》な会社員だ。シッカリとした老祖母《おばあさん》が附いているだけに、親譲りの夏羽織などを着て、一寸訪ねて来るにも服装《みなり》を崩《くず》さなかった。三吉のことを「兄さん、兄さん」と呼んでいるこの青年は年寄にも子供にも好かれた。
叔父は娘達を直樹と遊ばせようとしていた。こうして郊外に住む三吉は、自分で直樹の相手に成って、この弟のように思う青年の口から、下町の変遷を聞こうと思うばかりでは無かった。彼は二人の姪を直樹の傍へ呼んだ。黒い土蔵の反射、紺の暖簾《のれん》の香《におい》――そういうものの漂う町々の空気がいかに改まりつつあるか、高い甍《いらか》を並べた商家の繁昌《はんじょう》がい
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