存じ候。御蔭さまにて法事も無事に相済み、その節は多勢の客などいたし申し候。それもこれも亡《な》き親の御蔭と存じまいらせ候。さて雪子あまり長く引留め申し、おん許様《もとさま》には何角《なにかと》御不自由のことと御察し申しあげ候。俊子様、延子様にも御苦労相掛け、まことに御気の毒とは存じ候えども、何分にも斯《こ》のお暑さ、それに種夫さん同道とありては帰りの旅も案じられ候につき、今すこしく冷《すず》しく相成り候まで当地に逗留《とうりゅう》いたさせたく、私より御願い申上げ※[#「※」は「まいらせそろ」の略記号、58−11]《まいらせそろ》。何卒《なにとぞ》々々|悪《あ》しからず御|思召《おぼしめし》下《くだ》されたく候――」
 三吉が名倉の母から手紙を受取った頃は、何となく空気も湿って秋めいて来た。お俊は叔父の側へ来て、余計に忸々《なれなれ》しく言葉を掛けた。
「叔父さん、今|何事《なんに》も用が有りませんが、肩が凝るなら、按摩《あんま》さんでもして進《あ》げましょうか」
「沢山」
「すこし白髪《しらが》を取って進げましょうネ」
「沢山」
「叔父さんは今日はどうかなすって?」
「どうもしない――
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