風にして歩いちゃ可笑しいだろうか」が、彼を呆《あき》れさせた。
「馬鹿!」
 三吉は窓のところに立って、自分を嘲《あざけ》った。
 お俊やお延は中の部屋に机を持出した。「お雪叔母さん」のところへ手紙を書くと言って、互に紙を展《ひろ》げた。別に、お俊は男や女の友達へ宛てて送るつもりで、自分で画いた絵葉書を取出した。それをお延に見せた。
 お延はその絵葉書を机の上に並べて見て、
「お俊姉さま、私にも一枚画いておくんなんしょや」
 と従姉妹の技術を羨《うらや》むように言った。
 お俊に絵画を学ぶことを勧めたのは、もと三吉の発議であった。彼女の母親は、貧しい中にも娘の行末を楽みにして、画の先生へ通うことを廃《や》めさせなかった。幾年か彼女は花鳥の模倣を習った。三吉の家に来てから、叔父は種々な絵画の話をして聞かせて、直接に自然に見ることを教えようとした。次第に叔父はそういう話をしなく成った。
 庭の垣根のところには、鳳仙花《ほうせんか》が長く咲いていた。やがてお俊はそれを折取って来た。萎《しお》れた花の形は、美しい模様のように葉書の裏へ写された。その色彩がお延の眼を喜ばせた。
「叔父さん、見ちゃ
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