飯を食うのも難有《ありがた》いことの――実の家族が今日あるは、主に森彦の力である、お俊なぞはそれを忘れては成らないことの――朝飯の済んだ後に成っても、まだ叔父は娘達に説き聞かせた。
 こういう尤《もっと》もらしいことを言っている中にも、三吉が狼狽《あわ》てた容子《ようす》は隠せなかった。彼は窓の方へ行って、往来に遊んでいる子供等の友達、餌《え》を猟《あさ》り歩く農家の鶏などを眺めながら、前の晩のことを思ってみた。草木も青白く煙るような夜であった。お俊を連れて、養鶏所の横手から彼の好きな雑木林の道へ出た。月光を浴びながら、それを楽んで歩いていると、何処《どこ》で鳴くともなく幽《かす》かな虫の歌が聞えた。その道は、お房やお菊が生きている時分に、よく随いて来て、一緒に花を摘《と》ったり、手を引いたりして歩いたところである。不思議な力は、不図《ふと》、姪の手を執らせた。それを彼はどうすることも出来なかった。「こんな風にして歩いちゃ可笑しいだろうか」と彼が串談《じょうだん》のように言うと、お俊は何処までも頼りにするという風で、「叔父さんのことですもの」と平素《いつも》の調子で答えた。この「こんな
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