、お俊は笑った。
何時《いつ》の間にか、月の光が、庭先まで射し込んで来ていた。お延は早く休みたいと言って、独りで蚊帳の内へ入った。夜の景色が好さそうなので、三吉は前の晩と同じように歩きに出た。お俊も叔父に随《つ》いて行った。
朝の膳《ぜん》の用意が出来た。お延は台所から熱いうつしたての飯櫃《めしびつ》を運んだ。お俊は自分の手で塩漬にした茄子《なす》を切って、それを各自《めいめい》の小皿につけて持って来た。
三吉は直ぐ箸《はし》を執《と》らなかった。例《いつ》になく、彼は自分で自分を責めるようなことを言出した。「実に、自分は馬鹿らしい性質だ」とか、何だとか、種々なことを言った。
「これから叔父さんも、もっとどうかいう人間に成ります」
こう三吉はすこし改まった調子で言って、二人の姪の前に頭を下げた。
お俊やお延は笑った。そして、叔父の方へ向いて、意味もなく御辞儀をした。
漸く三吉は箸を執り上げた。ウマそうな味噌《みそ》汁の香を嗅《か》いだ。その朝は、よく可笑《おか》しな顔付をして姪達を笑わせる平素《ふだん》の叔父とは別の人のように成った。死んだ子供等のことを思えば、こうして
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