厭《いや》よ」
 とお俊は、傍《そば》へ来た叔父の方を見て、自分の画いた絵葉書を両手で掩《おお》うた。
 学校の友達の噂から、復たお俊の話は引出されて行った。彼女は日頃崇拝する教師のことを叔父に話した。学校の先生に言わせると、この世には十の理想がある、それを合せると一つの大きな理想に成る――七つまでは彼女も考えたが、後の三つはどうしても未だ思い付かない、この夏休はそれで頭脳《あたま》を悩している。こんなことを言出した。お俊は附添《つけた》して、丁度《ちょうど》先生は「吾家《うち》の祖父《おじい》さん」のような人だと言った。先生と忠寛とは大分違うようだ、と三吉が相手に成ったのが始まりで、お俊は負けずに言い争った。
「へえ、お前達はそんな夢を見てるのかい」
 と叔父は言おうとしたが、それを口には出さなかった。彼は幅の広い肩を動《ゆす》って、黙って自分の部屋の方へ行って了った。


 夜が来た。
 屋外《そと》は昼間のように明るい。燐《りん》のような光に誘われて、復た三吉は雑木林の方まで歩きに行きたく成った。お俊は叔父に連れられて行った。
 やがて、三吉達が散歩から戻って来た頃は、最早《もう
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