て来て、表の戸を閉めて入った。
「お俊姉さまは屋外《そと》で泣いてた」
「あら、泣きやしないわ」


「叔父さんは?」
「今まで縁側に腰掛けていらしってよ」
 こう娘達は言い合って、洋燈《ランプ》のもとで針仕事をひろげていた。翌《あく》る晩のことである。
 お俊はお延の着物を縫っていた。お延は又、時々従姉妹の方を眺《なが》めて、自分の着物がいくらかずつ形を成して行くことを嬉しそうにしていた。来《きた》る花火の晩には、この新しい浴衣を着て、涼しい大川の方へ行って遊ぼう、その時は一緒に森彦の旅舎《やどや》へ寄ろう、それから直樹の家を訪ねよう――それからそれへと娘達は楽みにして話した。
 曇った空ながら、月の光は地に満ちていた。三吉は養鶏所の横手から、雑木林の間を通って、ずっと岡の下の方まで、歩きに行って来た。明るいようで暗い樹木の影は、郊外の道路《みち》にもあった。植木屋の庭にもあった。自分の家の縁側の外にもあった。帰って来て、復《ま》た眺めていると、姪《めい》達はそろそろ寝る仕度を始めた。
「叔父さん、お先へお休み」
 と言いに来て、二人とも蚊帳《かや》の内へ入った。叔父は独りで起きてい
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