行く小泉の家が彼の眼に浮んだ。破産又た破産。幾度も同じ事を繰返して、その度《たび》に実の集めた道具は言うに及ばず、母が丹精《たんせい》して田舎《いなか》で織った形見の衣類まで、次第に人手に渡って了《しま》った。実の家では、長い差押《さしおさえ》の仕末をつけた上で、もっと屋賃の廉《やす》いところへ引移る都合である。
話が両親のことに移ると、お俊は眼の縁を紅《あか》くした。彼女は涙なしに語れなかった。
「――母親《おっか》さんには、どうしても詫びることが出来ない。『母親さん、御免なさいよ』と口にはあっても……首は下げても……どうしても言葉には出て来ない」
こんなことまで叔父に打開けて、済まないとは思いつつ、耳を塞《ふさ》いで、試験の仕度《したく》したことなどをも語った。話せば話すほど、お俊は涙が流れて来た。そして、娘らしい、涙に濡《ぬ》れた眼で、数奇《すうき》な運命を訴えるように、叔父の顔を見た。
その晩、遅くなって、お俊は独《ひと》りで屋外《そと》へ出て行った。
「叔父さん、お俊姉さまは?」お延が聞いた。
「葉書でも出しに行ったんだろう」
と三吉が答えていると、お俊はブラリと戻っ
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