てくれます。今日は二人に、浴衣《ゆかた》を一枚ズツ奢《おご》ってやることにしました」
「それは大悦《おおよろこ》びだろう。お前のとこでも、子が幾人《いくたり》も死んで、随分不幸つづきだったナ。しかし世の中のことは、何でも深く考えては不可《いけない》。淡泊に限る。乃公《おれ》はその主義サ――家内のことでも――子供のことでも――自分のことでも」
こんな調子で、あだかも繁華な街衢《ちまた》を歩く人が、右に往き、左に往きして、他《ひと》を避けようとするように、実はなるべく弟に触るまい触るまいとしていた。彼は弟の手を執《と》って過去の辛酸を語ろうともしなければ、留守中|何程《どれほど》の迷惑を掛けたろうと、深くその事を詫《わ》びるでもなかった。唯《ただ》、旧家の家長が目下の者に対するような風で、冷飯《ひやめし》の三吉と向い合っていた。
金の話は余計に兄の矜持《ほこり》を傷《きずつ》けた。病身な宗蔵――三吉などが「宗さん、宗さん」と言っている兄――この人は今だに他所《よそ》へ預けられていて、実が世話すべき家族の一人ではあるが、その方へも三吉には金を出させていた。種々《いろいろ》余分な工面もさせ
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