、久しいものだ。彼が境涯の変り果てたことは、同じ地方の親しい「旦那衆《だんなしゅう》」を見ても知れる。一緒に種々な事業を経営した直樹の父は、彼の留守中に亡くなった。意気相投じた達雄は、最早|拓落失路《たくらくしつろ》の人と成った。
とは言え、留守中彼の妻子が心配したほど、実は衰えて見えなかった。彼は兄弟中で一番背の高い人で、体格の強壮なことは父の忠寛に似ていた。小泉の家に伝って、遠い祖先の慾望を見せるような、特色のある大きな鼻の形は、彼の容貌《おもばせ》にもよく表れていた。顔の色なぞはまだ艶々《つやつや》としていた。
この兄が三吉の部屋へ通った。丁度、娘達は家に居なかった。三吉は長火鉢《ながひばち》の置いてあるところへ行って、自分で茶を入れた。それを兄の前へ持って来た。
一生の身の蹉跌《つまずき》から、実は弟達に逢《あ》うことを遠慮するような人である。未だ森彦には一度も逢わずにいる。三吉に逢うのは漸《ようや》く二度目である。
「俊は?」と実が自分の娘のことを聞いた。
「一寸《ちょっと》新宿まで――延と二人で買物に行きました」
「御留守居がウマク出来るかナ」
「ええ、好く遣《や》っ
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