の手紙を書いた人を御存じでしょう」
姪が出して来て見せたものは、手紙と言っても、純白な紙の片《きれ》にペンで細く書いた僅かな奥床《おくゆか》しい文句であった。「君のように香《か》の高い人に遭遇《であ》ったことは無い、これから君のことを白い百合《ゆり》の花と言おう」唯それだけの意味が認《したた》めてある。サッパリしたものだ。別に名前も書いて無いが、直樹の手だ。
「今までも兄さんでしたから、だから真実《ほんと》の兄さんになって頂いたの――それでおしまい」とお俊は言葉を添えた。
この「それでおしまい」が三吉を笑わせた。
正太でも、直樹でも娘達は同じように「兄さん」と呼んでいた。一方は従兄弟《いとこ》。一方は三吉が恩人の子息《むすこ》というだけで、親戚同様にしていたが、血統《ちすじ》の関係は無かった。区別する為に正太兄さんとか、直樹兄さんとか言った。三吉も、その時に成って、いろいろ知らなかったことを知った。
三
実――お俊の父は、三吉とお雪とが夫婦に成ってから、始めて弟の家に来て見た。旧《ふる》い小泉を相続したこの一番|年長《うえ》の兄が、暗い悲酸な月日を送ったのも
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