したんだろう――雲を烟《けぶり》と間違えたんじゃないか」
 お俊の眼からは涙が流れて来た。彼女は手で顔を掩《おお》うて、自分の生涯を思い出しては半ば啜泣《すすりな》くという風であった。一寸《ちょっと》縁側へ出て見て、復た叔父の方へ来た。
「叔父さんは……正太兄さんをどういう人だとお思いなすって……兄さんは叔父さんが信じていらッしゃるような人でしょうか」
 三吉は姪の顔を熟視《みまも》った。「――お前の言うのは正太さんのことかい」
「私が二十五に成ったら、叔父さんに御話しましょうって言いましたろう。それよ。その一つよ。豊世姉さんがこんな話を御聞きなすったら、どんな顔を成さるでしょう……可厭《いや》だ、可厭だ……私は一生かかって憎んでも足りない……」
「ああ、なんだか変な気分に成って来た。何だって、そんな可厭な話をするんだ」
「だって、叔父さんが鑿《ほじ》って聞くんですもの」
 三吉は「そうかナア」という眼付をして、黙って了った。
「ね、もっと他《ほか》の好い話をしましょう」
 とお俊は微笑《ほほえ》んで見せて、窓のある部屋の方へ立って行った。そこから手紙を持って来た。
「多分叔父さんはこ
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