若い、悲しい生涯を思わせるようなものであった。十六の年に親しい友に死別れて、それから墓畔《ぼはん》のさまよいを楽むように成ったことや、ある時はこの世をあまり浅猿《あさま》しく思って、死ということまで考えたが、母と妹のある為に思い直したこと、自分は苦労というものに逢いにこの世へ生れて来たのであろう、というようなことなぞが、この娘の口からきれぎれに出て来た。
「私は、どんなことがあっても、自分の性質だけは曲げたくないと思いますわ……でも、ヒネクレて了《しま》やしないか、とそればかり心配しているんですけれど……」
 と言って、ややしばらく沈思した後で、
「しかし、私が今まで遭遇《であ》って来たことの中で、唯《たった》一つだけ叔父さんに話しましょうか」
 こんなことを言出した。
 お俊は、附添《つけた》して、母より外《ほか》にこの事件を知るものがないと言った。その口振で、三吉には、親戚の間に隠れた男女《おとこおんな》の関係ということだけ読めた。誰がこの娘に言い寄ろうとしたか、そんな心当りは少しも無かった。
「大抵叔父さんには解りましたろうネ」
「解らない」三吉は首を振った。「何か又、お前が誤解
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