ん》という言葉が大好よ」とお俊は冷そうに氷を噛《か》んで言った。
「あら、いやだ」とお延はコップの中を掻廻《かきまわ》して、「それじゃ、お俊姉さまのことを、これから涅槃と……」
「涅槃ッて、何だか音《おん》からして好いわ」
 こんなことからお俊の話は解けて、よく学校の裏手にある墓地へ遊びに行くことを言出した。そこの古い石に腰掛け、落葉の焼けるにおいを嗅《か》ぎながら、読書するのが彼女の楽みであると言出した。
「学校の先生が――小泉さん、貴方《あなた》は誰にも悪《にく》まれないが、そのかわり人に愛される性質《たち》で反《かえ》って不可《いけない》――貴方は余程シッカリしていないといけません、その為に苦労することが有るからッて……」
 こう言いかけて、お俊は癖のように着物の襟《えり》を掻合せて、
「叔父さんやなんかのことは、自分の身に近い人ですから解りませんがネ……私の知ってる人で、一人も心から敬服するという人は無いのよ。あの人はエライ人だとか、何だとか言われる人でも、私は直にその人の裏面《うら》を見ちゃってよ――妙に、私には解るの――解るように成って来るの」
 お延は叔父と従姉妹の顔を見
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