ないわ」
 お俊は叔父の髪に触れて、一本々々|択《え》り分けた。凋落《ちょうらく》を思わせるような、白い、光ったやつが、どうかすると黒い毛と一緒に成って抜けて来た。


「叔父さん、どうしてこんなに髪がこわれるんでしょう」
 勝手の方から来たお俊は、叔父の傍へ寄って、親しげな調子で言った。この姪は三吉を頼りにするという風で、子が親に言うようなことまで話して聞かせようとした。
「どうして夏はこんなに――」
 と復たお俊は言って、うしろむきに身を斜にして見せた。彼女は、乾きくずれた束髪の根を掴《つか》んで、それを叔父に動かして見せたりなぞした。
 庭の洗濯物も乾いた。二人の姪は屋外《そと》に出て着物や襦袢《じゅばん》を取込みながら、互に唱歌を歌った。この半分夢中で合唱しているような、何となく生気のある、浮々とした声は、叔父の心を誘った。三吉は縁側のところに立って、乾いた着物を畳んでいる娘達の無心な動作を眺めた。そして、お雪や正太《しょうた》の細君なぞに比べると、もっとずっと嫩《わか》い芽が、最早《もう》彼の周囲《まわり》に頭を持ち上げて来たことを、めずらしく思った。
 蘇生《いきかえ》るよ
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