た。三吉は、南の窓に近く、ハンモックを釣った。そこへ蒸されるような体躯《からだ》を載せた。熱い地の息と、冷《すず》しい風とが妙に混り合って、窓を通して入って来る。単調な蝉《せみ》の歌は何時の間にか彼の耳を疲れさせた。
 憂鬱《ゆううつ》な眼付をして、三吉が昼寝から覚《さ》めた時は、虻《あぶ》にでも刺されたらしい疼痛《いたみ》を覚えた。お俊は髪に塗る油を持って来て、それを叔父に勧めた。
「延ちゃん――まあ、来て御覧なさいよ」とお俊が笑いながら呼んだ。「三吉叔父さんはこんなに白髪《しらが》が生《は》えてよ」
 お延は勝手の方から手を振ってやって来た。
「オイ、オイ」と三吉は自分の子供にでも戯《たわむ》れるように言った。「そうお前達のように馬鹿にしちゃ困るぜ……これでも叔父さんは金鵄《きんし》勲章の積りだ」
「あんな負惜みを言って」とお延は訳も無しに笑った。
「ねえ、延ちゃん、有れば仕方が無いわ」と言って、お俊は叔父の傍へ寄って、「叔父さん、ジッとしていらッしゃい――抜いて進《あ》げましょうネ。前の方はそんなでも無いけれど、鬢《びん》のところなぞは、一ぱい……こりゃ大変だ……容易に取尽せやし
前へ 次へ
全324ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング