今まで家のものにサンザン苦労させたから、今度は乃公《おれ》が勤めるんだなんて、阿父さんが暗いうちから起きてお釜《かま》の下を焚付《たきつ》けて下さるんです……習慣に成っちゃって、どうしても寝ていられないんですッて……阿母《おっか》さんが起出す時分には、御味噌汁《おみおつけ》までちゃんと出来てます……」
「それを思うと気の毒でもあるナ」
「阿母さん一人の時分には、家の内だってそう関《かま》わなかったんですけれど、阿父さんが帰っていらしッたら、何時の間にか綺麗《きれい》に片付いちまいました――妙なものねえ」
 庭の方で笑い叫ぶ声がした。お鶴は滑《すべ》って転《ころ》んだ。お延は駈出《かけだ》して行った。お俊も笑いながら、妹の着物に附いた泥を落してやりに行った。
 その晩、三吉の家では、めずらしく賑《にぎや》かな唱歌が起った。娘達は楽しい夏の夜を送る為に集った。暗い庭の方へ向いた部屋には、叔父が冷《すず》しい夜風の吹入るところを選んで、独《ひと》り横に成っていた。叔父は別に燈火《あかり》も要《い》らないと言うので、三人の姪《めい》の居るところだけ明るい。一つにして隅《すみ》の方に置いた洋燈《
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