なアし」とお延は、叔父の傍へ来て、旅の人達の噂をした。
「こんな機会でもなければ、叔母さんだって置いて行かれるもんじゃない――今度出掛けたのは、叔母さんの為にも好い」
 こう三吉は姪に言い聞かせた。彼は、自分でも、何卒《どうか》して子を失った悲哀《かなしみ》を忘れたいと思った。

        二

 諸方の学校が夏休に成る頃、お俊は叔父の家を指して急いで来た。妹のお鶴も姉に随《つ》いて来た。叔父が家の向側には、農家の垣根《かきね》のところに、高く枝を垂れた百日紅《さるすべり》の樹があった。熱い、紅《あか》い、寂しい花は往来の方へ向って咲いていた。
 お俊は妹と一緒に格子戸を開けて入った。
「あら、お俊姉さま――」
 とお延は飛立つように喜んで迎えた。お俊|姉妹《きょうだい》と聞いて、三吉も奥の方から出て来た。
「叔父さん。もっと早く御手伝いに伺う筈《はず》でしたが、つい学校の方がいそがしかったもんですから――」とお俊が言った。「延ちゃん一人で、さぞ御困りでしたろう」
「真実《ほんと》に、鶴《つう》ちゃんもよく来て下すった」とお延は嬉しそうに。
「今日は一緒に連れて参りました、学校が
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