は又、種夫に下婢《おんな》を附けて一緒に遣るつもりで帰って来た。
「さあ、今度はお前が出掛ける番だ」と三吉が言った。「でも、俺の仕事が済んだ後で好かった……買う物があったら買ったら可《よ》かろう。何か土産《みやげ》も用意して行かんけりゃ成るまい」
「土産なんか要《い》りません。一々持って行った日にゃ大変です」
お雪は妹だの、姪だのを数えてみた。
久し振で生家《さと》へ帰る妻の為にと思って、三吉は名倉の娘達の許《もと》へ何か荷物に成らない物を見立てようとした。旅費を用意したり、買物したりして、夫が町から戻って来る頃は、妻は旅仕度に忙しかった。
あわただしい中にも、種々なことがお雪の胸の中を往来した。長い年月の間、夫と艱難《かんなん》を共にした後で、彼女は自分の生家を見に行く人である。今まで殆んど出なかった家を出、遠く夫を離れて、両親や姉妹《きょうだい》やそれから友達などと一緒に成りに行く人である。光る帆、動揺する波、鴎《かもめ》の鳴声……可懐《なつか》しいものは故郷の海ばかりでは無かった。曾《かつ》て、彼女が心を許した勉《つとむ》――その人を自分の妹の夫としても見に行く人である。
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