「叔母さん、御郷里《おくに》へ御帰り?……御取込のところですネ」
こう言って、翌朝《よくあさ》正太が訪ねて来た頃は、手荷物だの、子供の着物だのが、部屋中ごちゃごちゃ散乱《とりちら》してあった。
「正太さん、御免なさいまし」とお雪は帯を締めながら挨拶《あいさつ》した。
「どれ、子供をここへ連れて来て見ナ」
と三吉に言われて、下婢はそこに寝かしてあった種夫を抱いて来た。
「余程気をつけて連れて行かないと、不可《いけない》ぜ」
「よくああして温順《おとな》しく寝ていたものだ」と正太も言った。
「まだ、君、毎日|浣腸《かんちょう》してますよ。そうしなけりゃ通じが無い……玩具《おもちゃ》でも宛行《あてが》って置こうものなら、半日でも黙って寝ています。房ちゃん達から見ると、ずっとこの児は弱い」
「これで御郷里《おくに》の方へでも連れていらしッたら、また壮健《じょうぶ》に成るかも知れません」
「まあ、一夏も向《むこう》に居て来るんです」
「真実《ほんと》に叔母さんも御苦労様――女の旅は容易じゃ有りませんネ」
お雪は二人の話を聞きながら、白足袋《しろたび》を穿《は》いた。「私が留守に成ったら、父
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